新宿署違法捜査憤死事件とは?痴漢冤罪で自殺と遺族の訴え

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新宿駅

1.2009年新宿署違法捜査憤死事件

多くの痴漢事件が発生しています。しかし、その事件の中には、冤罪事件も含まれているということを忘れていけません。痴漢は許せない犯罪です。しかし、女性側の「犯人の見間違い」など、時には全然関係のない罪なき市民を巻き込んでしまうこともあります。

また、痴漢事件は客観的証拠が集まりにくく、女性の供述を中心として、犯罪捜査が進んでしまうという背景もあります。今回は、痴漢と疑われ、その後違法捜査で自殺にまで追い込まれてしまった2009年新宿署違法捜査憤死事件を解説したいと思います。

2.事件の概要

まずは、事件の概要をみていきましょう。

2-1.2009年12月10日11時すぎ、警察に通報

原田信介さんは、職場の歓迎会後に、帰宅のため新宿駅構内の階段で「お腹を触られた」と痴漢被害を女性に告げられます。酔っていたとされる痴漢被害者の女性とその知人に階段から突き落とされるという暴行を加えられ、警察に助けを求めました。

しかし、警察は、女子大生側の主張を信じ、原田さんを警察署へ連行します。この際、警察官は「あなたの話もきく」と言って連行しましたが、実際に暴行について聞かれることはなく、痴漢容疑者として1時間半拘束され、尋問を受けることになりました。

取り調べでは、所持品検査、指紋押なつ、全身写真の撮影、が行われました。この間、外部との連絡は認めていません。捜査の過程で原田さんが痴漢の犯人ではないとわかったにもかかわらず、釈放時、原田さんには伝えませんでした。このような違法の疑いがある捜査が行われた後、原田さんは自殺で死亡。享年25歳でした。

原田さん死亡後の翌日、警察は原田さんを痴漢容疑で送検し、被疑者死亡で不起訴処分としました。暴行した男性の情報を一切開示されませんでした。

2-2.遺族の対応や判決

2011年4月26日、遺族は東京都に1000万円を求める国賠訴訟を提起しました。痴漢行為自体がなかったことと違法捜査を主張し、国家賠償請求を求めました。判決は、2016年3月15日に出ましたが、結果は敗訴。その後、控訴審でも争いましたが、主張は認められませんでした。原告が主張していた、痴漢容疑が晴れたことの告知と弁護士を呼ぶ権利を告知については、「必要はない」という判断です。

3.事件の問題点・争点は?

次に、事件の争点をみていきましょう。

遺族は国賠訴訟を起こしています。国家賠償法1条1項では、「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる」と規定されています。そして、国賠訴訟では規定された要件を満たした場合に初めて、損害賠償が認められます。今回の事件で重要な点は、違法性です。具体的には、痴漢行為はあったのか、任意同行や取り調べに違法がなかったのか、などが問題となります

3-1.痴漢行為はあったのだろうか?

3-1-1.十分な嫌疑はあったのか?女子大生の証言

まず、今回の痴漢事件は、女子大生が「お腹をさわられた」という供述を中心として迷惑防止条例違反の嫌疑がかけられています。もっとも、開示された調書によると、女子大生側も犯人と青年を見間違えたと証言しています。「犯人とは服装が違うという」のが理由でした。そのため、当初は上申書で「被害届を出さない」としていましたが、その後、一転して被害届けを出しています。この点につき、なぜ主張を変えたのかについては不明であり、疑問が残ります。

また、また、客観的証拠で重要視される繊維鑑定も今回実施していません。警察まで任意同行しているのに、なぜ客観的証拠を集めようとしなかったのでしょうか。

さらに、今回の事件では痴漢の容疑が釈放前に晴れています。警察はこれを告知していません。確かに、これについて告知する義務を定めた法律はありません。しかし、痴漢を疑われたことで、自殺に踏み切ってしまった可能性があることを考えれば、「自殺を防げたのでは?」という気持ちは拭いきれないでしょう。

このように、痴漢行為があったこと自体が疑わしいのにもかかわらず、検察は不起訴処分としています。不起訴処分は、無罪ではありません。少なくとも嫌疑があったと判断されてしまったのは問題ではないでしょうか。

3-1-2.なんらかの権力が働いたのでは?

もう1つ疑わしい事実があります。

原田さん死亡の翌々日、特命捜査本部が設置されていることです。原田さん死亡の翌日に刑事課と生活安全課の特別本部を設置要請し、さらにその翌日に設置されたという経緯です。特命捜査本部は警部補が指揮をとりました。新宿署内に設置されていましたが、所長も生活安全課長も「警部補にお任せしていた」と供述しており、原田さんが死亡後どのような経緯で被疑者死亡による不起訴処分となったのかは不明です。

このような事実からは、原田さんの自殺によって、なんらかの権力が働き、痴漢事件の捜査が違法であったことを隠蔽しようとしたようにも考えられます。

3-2.任意同行の違法性

任意同行の適法性は、刑事訴訟法上よく争点になります。

とくに任意同行自体に強制性はなかったかという強制処分かどうかの判断が問題になります。任意同行に強制性があり、実質的逮捕にあたる場合は、違法となります。具体的にいうと、具体的状況から考えて応じざるを得ないよう状況があったのかという視点から考えます。形式的な同意のみでは判断しません。

本件についてみてみると、原田さんは任意同行に一応の同意をしています。しかし、「話を聞いてくれる」という認識で警察署への同行に応じています。痴漢容疑であるとの認識がなく、暴行の被害を聞いてくれると思っています。このような場合、実質的に同意はなく、強制的に連行した状態に近いのではないでしょうか。

仮に、強制性があったとして実質的逮捕に当たるとする場合、被疑事実の告知、弁護士を選任できる旨の告知(憲法34条前段,刑事訴訟法30条1項)は必要です。今回の事件では、被疑事実の告知もなく、取り調べの際は外部との連絡をたっています。

3-3.取り調べでの違法性

取り調べの状況も適切であったとは言い難いと思います。任意同行が適切であったとしても、その後の状況から考えて、任意の捜査の限界を超えていなかったいえるのかが問題です。

本件では、暴行事件の話もきくと言われ、警察の任意同行に応じています。しかし、暴行事件の話を聞いてくれることはなく、一方的に痴漢事件の容疑者として尋問されています。仮に容疑者として尋問をするならば、弁護人と接見する機会を与えるための告知が必要となるはずです。しかし、外部との接触はできませんでした。これは黙秘権の侵害(憲法38条1項)にもつながる重大な人権侵害です。

3-4.疑わしきは被告人の利益に。

皆さんは、刑事訴訟法上の大原則をご存知でしょうか?それは、「疑わしきは被告人の利益に」です。

有罪判決を言い渡すためには、「犯罪の証明」(刑事訴訟法333条1項)が必要です。犯罪の証明とは、合理的な疑いをいれない程度の証明がなされていることです。憲法上、適正手続が保障されており、犯罪の証明に失敗したことを理由に罪を課せられてはいけないと考えられています。つまり、合理的な疑いをいれない程度の証明がない場合には「疑わしきは被告人の利益に」として、無罪をしなければいけません。

今回の事件においては、服の繊維などの客観的証拠はなく、被害者の供述を中心として容疑がかけられています。監視カメラの映像が証拠として提出されていますが、暴行のシーンはなく、痴漢行為があったとされる部分のみを切り取って証拠が提出されています。

痴漢事件が被害者の事実を元に構成されることを考慮したとしても、あまりにも客観的証拠が乏しく、「疑わしくは被告人の利益に」の大原則に反してしまっているのでは?という疑念が残ります。

上記ご説明した、違法捜査の疑いがある点につき、一審、控訴審ともに、すべてが否定されています。弁護士を呼ぶ権利について裁判所の判断では「弁護士を呼ぶ権利を告知する必要はない」という判決でした。この事件では、裁判によって明らかになる事実もあり、問題は根深いように感じます。

4.痴漢冤罪での「事実」はどこに?

刑事訴訟では、「事実の認定は証拠による」という原則があります。この証拠の価値につき、痴漢事件では特徴があるかもしれません。なぜ冤罪が起こってしまうのかについて考えてみましょう。

まず、痴漢事件の証拠においては、被害女性の主張が重要な価値をもちます。被害女性が痴漢を主張すれば、「痴漢があった」という前提で駅員さんや警察は動きます。もちろん、捜査の過程で手に残った繊維片を採取するなど、客観的な証拠を集めるための捜査も行います。しかし、繊維片がなかったことは絶対ではなく、被害女性の証言や状況証拠が重要となります。また、これ以外の客観的証拠が集まりにくいという背景もあります。

次に、駅の監視カメラは絶対ではありません。

今回の事件では、「映像は恣意的に改竄されている可能性がある」と原告側が主張しています。一部のみしか公開されず、暴行した男性側の映像は公開されていないためです。動画は一部分だけを公開すると、容易に印象操作することが可能です。裁判において重要な証拠となりうる監視カメラですが、逆に不利に働いてしまうこともあるということです。

このように、痴漢事件においては客観的証拠が集まりにくいという問題があります。また、集めたとしてもそれが絶対的な価値を持つものではなく、被害者の主張は大きく事件を左右します。

5.痴漢事件の犯人として容疑がかけられたら

5-1.痴漢の疑いをもたれてしまったら、「逃げない」

では、痴漢事件の犯人として容疑がかけられてしまった場合、どのように対応すれば良いのでしょうか。

まず、最初に逃げないでその場で説明しましょう。
「逃げないのでここで話をしましょう」と正々堂々と宣言し、「レコーダーで録音します」と何かあった場合に備えて、証拠を残しましょう。今回の事件でも、原田さんがレコーダーで残した録音音声が重要な証拠になっています。また、駅員さんに「駅員室へいきましょう」を説得されるはずです。しかし、密室に連れて行かれると圧倒的に不利になる可能性があるため、できるだけその場で対応しましょう。そして、駅員室へ行く場合は、先に家族などに連絡し弁護士の手配をしてもらう方が良いと思います。最後に、これは難しいかもしれませんが、その場の証人をできる限り確保してください。裁判の際に重要な証拠になります。

このように、逃げずにその場で堂々と対応することが重要です。被害者が人違いをしている可能性もあります。被害者の話を聞いて、自分ではないことを論理的に話すようにしましょう。

5-2.客観的証拠がないとして無罪を勝ち取ったケースも

痴漢事件は99%有罪になると言われていますが、最近では少しずつ無罪判決が出てきています。

従来、痴漢事件では被害者の主張が証拠として強い価値を持っていました。しかし、ここ数年の判決では、「客観的証拠に乏しい」として無罪を勝ち取るケースも増えています。痴漢事件でも、客観的証拠が重要になってきているということです。実際に、平成21年4月14日判決では、「供述のみで物的証拠がない」「手から繊維片が出ないこと」を理由に、逆転無罪となっています。また、これ以外の事件でも、これまでの性的趣向や「満員電車の中、わざわざ移動したなど状況的に不可解」という状況証拠を理由に、無罪とした判決もあります。

痴漢事件で無罪になることは、今でも難しいケースといえるかもしれません。しかし、裁判では客観的証拠の重要性が問われています。これまでのように「諦める」という選択肢ではなく、戦うことができる状況が揃ってきたのではないでしょうか。

6.今後、痴漢冤罪事件を再発させないためには?

では、今後こういった事件を繰り返さないようにするにはどうすれば良いのでしょうか。

まず、痴漢事件は男性側が圧倒的に不利であることを理解することが必要です。
お伝えしたように、被害者が「痴漢である」と証言すれば周囲は疑いの目を向けます。痴漢行為がなかった場合、その場で潔白を晴らし証人を確保するなどしっかりと対応することが重要です。

次に、痴漢の疑いをかけられた場合は、まず弁護士に訴えましょう。
仮に逮捕されてしまった場合は、自分だけで潔白を主張するのは中々難しいと思います。法的に有効な主張をすることや、矛盾のない供述をするためにもできるだけ早い段階で弁護士の選任や接見を受けましょう。

最後に、一番重要なことは、泣き寝入りしないことです。
痴漢事件を起こしていないことが真実ならば、諦めないでください。逮捕されると、取り調べは厳しいものとなるでしょう。しかし、本当にやっていないなら最後まで諦めずに戦うことが重要です。最近では、痴漢事件でも「客観的証拠がない」として無罪を勝ち取るケースが増えています。これを忘れないでください。

【参考URL】
http://harada1210.exblog.jp/
http://haradakokubai.jimdo.com/

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