被害届が出されたらどうなる?逮捕される?示談で取り下げてもうべき?
刑事事件になりそうな罪を犯してしまった場合、被害届が出されるのではないか、逮捕されてしまうのではないかと不安が尽きないのではないでしょうか。
統計によると、2019年に警察が認知した犯罪(刑法犯)の6割以上が被害届によるもので、以下110番通報や第三者からの情報提供、告訴などが続きます*。
*出典:警察庁ホームページ
被害届が提出されると、どのように刑事手続きが進むのでしょうか。
・被害届の法的性質や運用状況
・被害届が提出されると逮捕されるのか
・被害届には期限や時効があるのか
・被害届が取り下げられるとどうなるのか
について解説します。
被害届の法的性質や運用状況について
被害届は警察ではどのように扱われるのでしょうか?被害届の基本について解説します。
被害届にはどのような意味がある?
被害届を提出さえすれば、警察がすぐに動いて犯人もすぐ捕まるというイメージを持たれがちです。
確かに警察が動いた事件の多くは被害届がきっかけになっていることは間違いありませんが、被害届により必ず警察が動くというわけではありません。
被害届について、犯罪捜査規範という警察官向けの規則では次のように規定されています。
(犯罪捜査規範61条-要旨)
・被害届は警察の管轄に関わらず受理しなければならないこと
・記入式の被害届の用紙を用意するほか、警察官が被害内容を聴き取って代書すること
これは、被害届を犯罪情報収集の手段と位置付けて、提出の便宜を図る趣旨といえます。
一方、被害者側の目線では、被害届の提出により捜査が開始されて犯人が処罰されることを期待する意味合いもあるでしょう。
しかし、被害届には捜査を義務付けるような法的な効力はなく、被害届がなければ捜査ができないというわけでもありません。
犯罪の取締りや犯人の刑事訴追は、もっぱら警察や検察の裁量により行われるというのが法律の建前です。
被害届は情報収集の一つの手段であり捜査のきっかけにはなるものの、捜査するかどうかは別の判断ということになります。
被害届は必ず受理される?
被害者が警察に犯罪被害の通報や相談をすると、被害届が受理してもらえるのかといえばそういうわけではありません。
警察が刑事事件化は難しいと見立てたケースは、なかなか被害届を受理してくれないのが実情です。
警察が被害届を受理しない理由としては、
・相談の内容が実質的には民事紛争で、警察が一方の肩入れをするのが好ましくない
・犯罪とはいえないか、犯人の処罰が必要な事件とはいえない
・被害申告の内容が不明瞭で証拠の収集も困難
が考えられます。
また、被害届の受理により警察が犯罪の発生を認知したという事実が残り、捜査を行わないことが批判の対象となることを避けたいという思惑もあるようです。
逆にいうと、警察が被害届を受理した事件は、一応捜査する価値があると考えられているということもできます。
被害届が受理されると必ず捜査される?
ここまで解説したとおり、被害届の受理により捜査に着手される可能性は高まるものの、必ず捜査が行われるわけではありません。
また、被害届に基づいて事情聴取などが行われても、証拠の収集が困難などの理由で捜査が打ち切られることもあります。
捜査が行われるとしても、日々発生する犯罪に優先順位をつけて捜査のリソースが割かれる都合上、いつ捜査が開始されるのかは状況次第ということになります。
告訴との違い
被害届とよく似たものとして告訴という手続きがあります。
告訴とは、被害状況の申告に加えて「犯人の処罰を求める意思表示」で、告訴状を提出するか口頭で行うこともできます。
被害届と大きく異なる点は、警察が告訴を受理した場合、捜査を行って速やかに検察官に事件を送付しなければならない(刑事訴訟法2442条)とされていることです。
告訴が受理されると、法律上の義務として捜査を行わなければならないことから、被害届以上に受理には慎重な態度がとられます。
被害届が提出されたら逮捕される?
被害届が提出されて捜査が始まると、どのような場合に逮捕されるのでしょうか。
・逮捕されるまでの捜査の流れ
・逮捕の必要性
・逮捕以外の不利益
について解説します。
逮捕されるまでの捜査の流れ
警察が本格的な捜査に乗り出す場合、関係者からの「事情聴取」や「家宅捜索」によって証拠を収集し、犯人を逮捕するか否かの捜査方針が決められるのが一般的です。
事案によっては、事件後に警察で事情聴取を受けている間に逮捕状が用意されて逮捕されるケースもあれば、事情聴取もされないうちにいきなり逮捕されるケースもあります。
犯罪の現場で取り押さえられて現行犯逮捕される場合を除いて、逮捕は裁判所が証拠を審査して逮捕状を発付した場合に限り認められます。
逮捕状の審査は、容疑が固まっていること、「逮捕の必要性」があることがポイントとなります。
逮捕の必要性とは?
逮捕状の審査に当たってポイントとなる逮捕の必要性は、「逃亡のおそれ」と「証拠隠滅のおそれ」の2点から判断されます。
定職に就いていない、単身で生活しており身軽である、前科があり重い処分が予想されるなどといった事情がある場合は、逃亡のおそれがあると判断されやすくなるでしょう。
他方、証拠隠滅のおそれとは、被害者や目撃者に虚偽の供述をするよう働き掛けることや、証拠物を改ざんしたり廃棄したりする具体的な可能性を意味します。
また、疑いをかけられている事実を否認している場合は、より証拠隠滅のおそれがあると判断されやすくなります。
逮捕されるか否かは、事件の性質や関係者の属性によって判断要素が異なるため、事前に予想することは難しい側面もあります。
逮捕されてしまうと最大72時間、引き続き勾留されると最大20日間身柄拘束されることになり、生活にも大きな支障が出ます。
逮捕以外にどのような不利益がある?
捜査が開始されて捜査対象になると、前歴という記録が残ります。
前歴は、日常生活に支障があるようなものではありませんが、将来再び捜査対象となった場合に前歴の存在が不利な事情として扱われる可能性があります。
また、捜査が進んで刑事裁判になり、有罪となった場合は前科になります。
前科は一定の職種や国家資格についての資格制限や、海外渡航の際ビザ発給を受けられないという不利益を受ける可能性があります。
被害届には期限や時効はある?
被害届に有効期限や時効のような概念はありませんが、
・犯罪行為から一定期間が経過すると処罰することができなくなる公訴時効
・親告罪の告訴期間
が経過すると、捜査が行われることもなくなります。
① 公訴時効
公訴時効は罪の重さによって1年から30年の時効期間が定められています。
なお、殺人罪など人を死亡させて最高刑が死刑とされている罪は、時効にはかかりません。
主な罪の時効期間は次のとおりです。
公訴時効の期間 | 罪名 |
---|---|
1年 | 侮辱、軽犯罪法違反 |
3年 | 住居侵入、強要、名誉棄損、器物損壊、暴行、脅迫、ストーカー防止法違反、迷惑防止条例違反(痴漢、盗撮) |
5年 | 横領、過失運転致傷(無免許運転による場合は7年) |
7年 | 強制わいせつ、窃盗、詐欺、恐喝、業務上横領 |
10年 | 傷害、強盗、強制性交等、過失運転致死 |
15年 | 強制わいせつ等致傷、強制性交等致傷、強盗致傷 |
20年 | 傷害致死 |
25年 | 殺人未遂、現住建造物等放火 |
30年 | 強制わいせつ等致死、強制性交等致死 |
時効なし | 殺人(既遂)、強盗致死 |
② 親告罪の告訴期間
親告罪とは、告訴がなければ刑事訴追されない罪です。
親告罪の告訴期間は、犯人を知った日から6か月とされており、この期間が経過すると処罰される可能性がなくなるため、捜査をされることはありません。
親告罪とされている主な罪は、名誉棄損罪、侮辱罪、器物損壊罪、過失傷害罪など比較的軽微な罪です。
また、夫婦、直系血族(親と子、祖父母と孫)、同居の親族以外の親族(例:同居していない兄弟姉妹など)間の窃盗罪や詐欺罪、恐喝罪、横領罪なども親告罪とされています。
被害届が取り下げられるとどうなる?
被害届による不利益を回避するためには、取り下げてもらうことが有効です。
・被害届取り下げの効果
・取り下げの期限
・被害届が再提出される可能性
について解説します。
被害届取り下げの効果
被害届が取り下げられると、被害者が犯人の処罰を望んでいないという意思が推認されます。
なお、被害届が取り下げられても、捜査ができないわけではありません。
しかし、被害者が犯人の処罰を望んでいないという事実は、刑事手続きのあらゆる場面において重視されます。
具体的には、
・捜査に着手するか、または捜査を続行するか
・逮捕、勾留するか
・刑事訴追するために起訴するか、起訴猶予処分とするか
・刑事裁判になった場合、保釈を許可するか
・刑の重さの判断
といった場面で、有利な事情として考慮されます。
取り下げ後に被害届が再提出される可能性はある?
被害届は1回提出すると被害事実の申告という目的は達成されたことになり、再び同じ内容の被害届を提出しても、受理されないというのが一般的な対応でしょう。
ただし、詐欺や強要など別罪を構成するような手段で被害届を取り下げさせるようなことは、警察としても見逃せない事態といえます。
しかし、示談金が入金されないなどの民事トラブルには、基本的に警察は介入しないと考えられます。